瀬戸内寂聴さん(90才)のスピーチ
ちょっと前にブログで乗せた脱原発10万人の集会での瀬戸内さんのスピーチは誰もが読む値打ちがある。
あんまり素晴らしいので,掲載させてもらいます。
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瀬戸内寂聴です。今日ここでこんなにたくさんの日本人に逢えてとても嬉しいです。先程大江さんは77歳とおっしゃいました。私はこの5月で満90歳になりました。おそらくこの中にたくさんの方がいらっしゃいますけれども、私よりも年上の方いらっしゃらないと思います。もし居たら手をあげてください。たぶん居ないと思います。
ええもうこの歳になりますと、もう死ぬことしか考えておりません。今夜死ぬか明日死ぬかと思っております。今日私がこちらへ来ると言いましたら、もう足手まといだから、危ないから90のおばあさんは家で寝てろって注意してくれた人がありました。しかし私は冥土のみやげに皆さんのこんなにたくさん集まってる姿を見たかったのです。それでやって来ました。(拍手)
私はいろんな小説を書いて来ましたけれども。ちょうど100年前に日本に起こった大逆事件とかそれから女性の政党の運動などを書いております。それは昨年が100年なんですけれども、どこもマスコミではそれを取りあげませんでした。ですから私は非常に情けないと思ってまた改めてそれを書き直したりしております。そうするとたくさんの人が読んでくれました。ただ、新聞に書いたものですから、今の若い人は新聞を読みません。それで読んでくれないのでそれをまた本にいたしました。
なぜそういうことをしつこくするかと言いますと、100年前にやはり日本がたいへん人間の自由を奪われた時代がありました。そして自分のためじゃ無くって人類のために人のために国民のためになにか新しい政治をしようとしたら全部捕まって何もできない時代がありました。それを冬の時代と申します。
その冬の時代を経て現在があるのですけれども、今私たちは毎日なに不自由なく暮らしておりますけれども、これは全部過去の人たちがさまざまな苦労をしてさまざまに反逆し逆らって、そして人間の自由を守って来たから今日があるのだと思います。
私たちのこの集まりを首相が聞くことをしない、あるいはこの中に一人でも国会議員がいらしたら良いんですけれども、たぶん居ないんじゃ無いでしょうか。そういう気持ちがあればですね、私たちの声をもっと聞いてくれると思います。
しかし、いくらこういうふうに集まってもですね、私は90年生きてきましたから非常に懐疑的なんですが、これがたちまちですね、原発を止めるとかですね、そういう政府の方向を変えるとかそういうことになるかどうか、判らないという、非常に疑い深い気持ちをもっております。
それでも私たちは集まらなければならないんです。なぜならば、私たちは税金を払った日本の国民です。ですから政治に対して言い分があれば、口に出して言って良いんです。体であらわして良いんです。そういうことを今の人たちはあまりにしなくなりすぎました。
どうか、皆さんはここに集まってくださっただけで、そういう気持ちをもった人たちだと思いますから、力をあわせてたとえ空しいと思う時があっても、それにめげないで、頑張っていきましょう。(拍手)
人間が生きると言うことは、自分以外の人のために、少しでも役に立つか、自分以外の人間をあるいは生きものを幸せにするか、そのために命をいただいてるんだと思います。ですから、これは私たちだけの問題じゃ無くて、みんなの問題であり、国中の問題であり、それは世界に繋がる問題です。ですから、悪いことは止めてくれとたとえ相手が聞かなくても、言い続けましょう。言い続けましょう。今日はこの熱い中を本当にありがとうございました。
あんまり素晴らしいので,掲載させてもらいます。
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瀬戸内寂聴です。今日ここでこんなにたくさんの日本人に逢えてとても嬉しいです。先程大江さんは77歳とおっしゃいました。私はこの5月で満90歳になりました。おそらくこの中にたくさんの方がいらっしゃいますけれども、私よりも年上の方いらっしゃらないと思います。もし居たら手をあげてください。たぶん居ないと思います。
ええもうこの歳になりますと、もう死ぬことしか考えておりません。今夜死ぬか明日死ぬかと思っております。今日私がこちらへ来ると言いましたら、もう足手まといだから、危ないから90のおばあさんは家で寝てろって注意してくれた人がありました。しかし私は冥土のみやげに皆さんのこんなにたくさん集まってる姿を見たかったのです。それでやって来ました。(拍手)
私はいろんな小説を書いて来ましたけれども。ちょうど100年前に日本に起こった大逆事件とかそれから女性の政党の運動などを書いております。それは昨年が100年なんですけれども、どこもマスコミではそれを取りあげませんでした。ですから私は非常に情けないと思ってまた改めてそれを書き直したりしております。そうするとたくさんの人が読んでくれました。ただ、新聞に書いたものですから、今の若い人は新聞を読みません。それで読んでくれないのでそれをまた本にいたしました。
なぜそういうことをしつこくするかと言いますと、100年前にやはり日本がたいへん人間の自由を奪われた時代がありました。そして自分のためじゃ無くって人類のために人のために国民のためになにか新しい政治をしようとしたら全部捕まって何もできない時代がありました。それを冬の時代と申します。
その冬の時代を経て現在があるのですけれども、今私たちは毎日なに不自由なく暮らしておりますけれども、これは全部過去の人たちがさまざまな苦労をしてさまざまに反逆し逆らって、そして人間の自由を守って来たから今日があるのだと思います。
私たちのこの集まりを首相が聞くことをしない、あるいはこの中に一人でも国会議員がいらしたら良いんですけれども、たぶん居ないんじゃ無いでしょうか。そういう気持ちがあればですね、私たちの声をもっと聞いてくれると思います。
しかし、いくらこういうふうに集まってもですね、私は90年生きてきましたから非常に懐疑的なんですが、これがたちまちですね、原発を止めるとかですね、そういう政府の方向を変えるとかそういうことになるかどうか、判らないという、非常に疑い深い気持ちをもっております。
それでも私たちは集まらなければならないんです。なぜならば、私たちは税金を払った日本の国民です。ですから政治に対して言い分があれば、口に出して言って良いんです。体であらわして良いんです。そういうことを今の人たちはあまりにしなくなりすぎました。
どうか、皆さんはここに集まってくださっただけで、そういう気持ちをもった人たちだと思いますから、力をあわせてたとえ空しいと思う時があっても、それにめげないで、頑張っていきましょう。(拍手)
人間が生きると言うことは、自分以外の人のために、少しでも役に立つか、自分以外の人間をあるいは生きものを幸せにするか、そのために命をいただいてるんだと思います。ですから、これは私たちだけの問題じゃ無くて、みんなの問題であり、国中の問題であり、それは世界に繋がる問題です。ですから、悪いことは止めてくれとたとえ相手が聞かなくても、言い続けましょう。言い続けましょう。今日はこの熱い中を本当にありがとうございました。
